東大のバスケサークルでコミュ障すぎて1人も友達がいなかった僕の話

どうも、ヤジマです。

今回は僕の地獄のバスケサークル時代について書いて行きたいと思います。

なんでこんなことを書くかっていうと、ただ書きたかったからですね。笑

自分の中で葬り去っていた闇の過去的な部分を少し書いてみたかったってところはあります。今まで冗談っぽく書くことはできても、なかなかちゃんと書いたことはありませんでしたからね。

 

僕は東大に入ってから2年間ほど、ほとんど友達ができませんでした。

トイレ飯だってしていましたw

一緒にご飯を食べる友達がいたとしても、「本当は俺と一緒にいたくないんじゃないか?」「本当は俺を嫌ってるんじゃないか?」と考えてしまい、心許せる友達はいませんでした。

 

そんな暗黒時代の真っ只中、2年生まで入っていたバスケサークルの話をしてみたいと思っています。

バスケサークルに参加

僕が入ったバスケサークルは1学年男10人、女10人くらいの規模でした。

インカレではなく、東大生だけのサークルです。

バスケはは、ちょっと昔にやってたくらいで、そんなに上手いわけではありませんでした。

どちらかというと、定期的に運動もしなきゃなーというような思いで始めた感じですね。

 

入ってからすぐのことは、そんなに覚えていないですが、新歓期の頃だとそれなりにちやほやはされますよね。

「絶対入ったほうがいいよ!」

「才能あるから頑張っていこう!」

そんな言葉を真に受けて、軽い気持ちで入りました。

2年生に入ったくらいまでは、それほどコミットもせず気分が乗った時だけ参加して、気分が乗らない時には行かないという生活を送っていたんですね。

まあ別に仲の良い友達はいませんでしたが、別に強制力もないのでそんなに苦にもなりませんでした。

そんな感じで1年がすぎ、

そして2年生の初め頃、役職を決める時期になりました。

東大は駒場キャンパスと本郷キャンパスでサークルが分かれているため、2年生が幹部学年だったんですね。

僕はサークルにあまり参加していなかったのですが、うちの学年は人手不足だったようで、ある日役職についている人から電話がかかってきて、「役職についてくれないか」という話をされました。

内容を聞いてみると、大して仕事はないとのこと。

別に日々やることがあるわけでもなかったため、その時は、よく考えずに「いいですよー」と快諾しました。

しかし、僕にとっては役職の仕事以上に、辛い仕事がありました。

役職についた人は、練習に参加しないといけないという暗黙のルールがあったんですね。

 

コミュ障の僕にとっての地獄はここからはじまりました。

地獄のはじまり

それまでの僕は、仲間とコミュニケーションをとるということをほとんどしていませんでした。

僕がサークルに参加するようになったときには、すでにそのサークルの空気感というものができているわけですよね。

サークルの中の人たちはたくさんの試合を経て、苦楽を共にして、もうめちゃくちゃ仲良くなっているわけです。

一度も試合に参加すらしたことのなかった僕には、そのグループの中に入れるようなコミュ力もありませんでした。

もちろんそんな僕に、気を使ってくれる先輩や同期もいました。

けれど、そんな先輩の優しさにも気づいていながら、それにうまく答えられない自分がいました。

  • 誰かが気を遣って話を振ってくれても、うまく話せず場を気まずくさせてしまう。
  • 場を和ませようと思って言ったボケがボケと受け取られず、変なやつキャラが定着していくことを肌で感じる。
  • 仲良くしたいからたまに話しかけて、でもうまく話せず席を離れられたりして、後悔する。

 

一言でいえば、浮いてしまっていたわけです。

 

そして、この空気感に追い打ちをかけるように辛かったのが、僕の発言に対するアタリが非常に強いものだったということです。

何をいっても全て否定されるんです。

何を言っても、「は?お前なにいってんの?」という空気感ができてしまっていたんですね。

 

多分、僕が変なことを言っていたんだと思います。

そして挙動も不審でしたし、変な人だというキャラがついていてしまっていました。

ただその当時は、自分の発言が変だという自覚はなかったんですけどね。

 

何を言っても否定される。けどそれがどうしてだかわからない。

どうしてだかわからないから、どうしていいかもわからない。

どうしていいかわからないから、どうにもできない。

 

 

毎日苦しい思いでサークルに参加していました。

意見ではなく人で判断される現実

そして特に強く覚えているのが、全く同じことを他の人が言ったときにはその意見が通っている気がした、ということです。

僕が言ったら「は?何言ってんの?」と嫌な顔をされることでも、

同じことを他の人が言うと「確かに!」となることがよくありました。

つまり、意見の内容ではなく、誰が言ったかで判断されていたということです。

正確には僕の勘違いだったのかもしれませんが、その時の僕はそう感じていて、その現実が僕にとっては何よりも辛く感じました。

 

それに加えて、バスケサークルだったので、当たり前かもしれませんが「バスケがうまいほど偉い」というような風潮がありました。

僕はバスケがそんなに上手いほうではなく、自分の意見が聞いてもらえない悔しさと、自分はバスケが上手くないんだという事実がますます僕の自尊心を低くしていきました。

 

バスケの下手さが原因なのか?

けど、ある時気づきました。

僕はバスケが下手だからといっても、実はサークルの中に僕よりも下手な人もいたんです。

でもその人は、バスケが下手なのにも関わらず何故かめちゃめちゃ楽しそうに仲良くやっていたんですね。

 

バスケは下手だけど、下手なりに頑張ってやっていて、その頑張りが認めてもらえていて、結果、周りといいコミュニケーションがとれていたということに気がつきました。

バスケの練習中に大きな声で怒鳴られたとしても、バスケの関係ないところでは、仲間たちと対等にコミュニケーションを取れている。

それどころか、みんなの中心にいて場を盛り上げている。

 

俺は、バスケが下手だけど、上手くなりたいという気持ちはある。

練習もそれなりに頑張っているし、仲良くやりたいという気持ちもある。

けど、確かに彼ほどは練習に集中できていないのかもしれない。

 

少なくとも、彼から感じられたような、「自分は下手でもチームのためにできることをする」という気概が僕にはありませんでした。

「そんな風に僕も思えたらいいな」その時の僕はそう思うものの、どうしても「チームのために」と思うことはできませんでした。

 

練習中はやっぱり何を言っても裏目に出てしまうし、練習以外の時間でも無意識に後ろめたさのような、暗い気持ちを感じていました。

自分が他の人達と比べて、圧倒的に下の立場にいるような、何を言っても変な空気が流れてしまう状況にとても生き辛さを感じていました。

その結果、練習にはあまり行きたくなくなり、メンバーとの関係も悪化していきました。

「あいつ、コミュ障だよね」

「あいつコミュ障だよね」

そうやって僕に聞こえる所で、相手も僕が聞いていると知っているような距離感でで話をしていたこともありました。

 

そんなことを本人が聞いている所で言うのは、今の僕でもどうかと思います。

けれど、それが聞こえても、自分がコミュ障であるというのは当時の僕自身が一番自覚していたので、それを変えたくても変えられない悔しさと辛さを感じる気持ちの方が強くありました。

そして、だからどうするんだよって周りに言えるエネルギーもない自分を責める悔しさ、わかってもらえない辛さがありました。

このように、サークルというのは自分にとって地獄のような時間でして、一刻もはやくその場から逃げ出したいという思いにかられていました。

 

どうにもできない虚無感を目の当たりにし、サークルの時間が苦痛で仕方なくなっていきました。

受験勉強なら勉強すればできる。けどコミュニケーションって。どうしようもないじゃないか・・・

 

俺だったらもっとちゃんと接してあげるのに・・!

 

そして自分の自尊心が低くなればなるほど、より自分が自信を失うようなことを無意識に言ってしまうんですよね。

  • 俺はコミュニケーションが下手なんだ。
  • 俺はバスケが下手なんだ。
  • やっぱり何をやってもダメだ。

自然とそんな風に考えるようになっていました。

つまり負のスパイラルにはまってしまったわけです。

そして、とうサークル内の僕の立ち位置もどんどんと追いやられていきました。

サークル女子との関わりと、ある女の子との出会い

もちろんそのサークル内にも女の子がいたんですが、女の子と話した経験は本当に少なかったです。

僕自身、変な挙動をしていたせいか、ほとんどの子はあまり僕に近寄りたがらなかったんですね。

けど、その中にはそんな挙動がツボにはまる女の子もいたんですね。

A子ちゃんです。

 

A子ちゃんだけは僕に笑顔を向けてくれました。

そして、そんなA子ちゃんの存在が、地獄のようなサークル活動の中で唯一の救いでした。

 

それは、笑わせるのでなく、笑われるという感じです。

何を言っても笑われる。

 

けど、全く嫌な感じはしませんでした。

僕自身も、笑われてうれしく感じていたんです。

笑われても、無視されるよりは全然いいと思っていました。

 

こんな自分が、人を笑わせるということができている。

人に笑ってもらうという価値を提供できている。

自分には価値があるんだ。

今思えばそんな風に考えていたんだと思います。

 

他の子が結構呆れている中、A子ちゃんは僕が何をしても笑ってくれました。

いつでも笑ってくれるA子ちゃん、彼女の存在を唯一の支えにする僕。

 

・・・もう展開はわかりますよね?笑

 

当時の僕は、何を勘違いしたのか、酔った勢いでその子に告白しました。

 

結果は・・・「男としてみてなかった」と。

まあ、言うまでもないんですが。笑

 

実際、まともな会話もしたことがなかったので、当たり前なのですが、

当時の僕からしたら、笑ってくれるA子ちゃんの存在が貴重で、恋と誤解してしまうほどありがたかったということですよね。

コミュ障。何もできない歯がゆさ。

そうして、唯一の拠り所とも接点がなくなった僕は、本当にサークルの中で孤立していきました。

 

もうコミュニケーションの能力とか、そういうレベルの問題じゃなくね?と思うほど。

 

「誰か何かできるならなんとかしてみろよ」

「誰でもいいからこのポジションからやってみろよ」

そんな風に感じるほど、この、どうしようもない悔しさが強く、本当に1日1日、胃が痛くなるような思いで過ごしていました。

 

と、同時に、

「俺が他のやつの立場だったら絶対こんな想いはさせないのに」

「俺だったら一人ぼっちになってる子を絶対放って置いたりしないのに」

「辛い想いをしている子に手を差し伸べられるような人間になろう」

そんな風に思いを決した時でもありました。

そして、今・・・

僕にとって地獄のような時間を過ごしていました。

そして今、僕はこうして恋愛の勉強法を教えています。笑

 

その間に何があったかは僕のストーリーに書きました。

 

恋愛を勉強して僕は、とても生きやすくなりました。

これまで抱えていた、辛さや悔しさ、無力感、そして生き辛さ。

そういったものが徐々に消えていきました。

 

自分のことを大切に思えるようになりました。

自分にもできることがあるのだと思えるようになりました。

 

今の僕は、当時に比べて普通に女の子とも話せますし、男友達とも当たり前にコミュニケーションがとれるようになりました。

少なくとも、面と向かって、「あいつ、コミュ障だよね」と言われることはありません。笑

 

 

恋愛の勉強を続けていたら、コミュニケーションの問題もともに解消されていったのです。

当たり前ですが、恋愛も人間関係の一つのかたちですからね。

 

そして、恋愛を通して生きやすくなったからこそ、恋愛を通して生きやすさが改善されるということを、自分と同じ境遇にいる人達に向けて発信していけたらいいなという思いで今やっています。

 

はいw

というわけで今回は超絶シリアスモードでお伝えしてみましたw

まあこんな風に書いてますが、今はいい思い出ですw

サークル同じで今でめちゃめちゃ仲のいい友達もいますしね。

 

正直なところ、今振り返れば単に僕が変なやつだったというだけだと思います。

けど当時の僕からしてみれば、本当に死ぬほど辛い思いしていたってことですよね。

コミュ障はコミュ障なりに苦しさ、生きづらさを感じているんだということを、知っていただければ幸いですw

けどその分、おそらく都内ではトップクラスにそういった痛みや苦しみがわかる自信があります。

 

「そんな思いしてたんですね!」

「聞いてください!実は僕も・・・」

「どうやって勉強して言ったんですかw」

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2018.01.22

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